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November 30, 2008

韓国馬初遠征を聞いて。

一頭の韓国馬の、韓国競馬史上初の海外遠征が終了
したそうです。
Pick me up号。
遠征先はアメリカ。
3戦して最下位、最下位、ブービー。
最後のレースも、最下位だった馬はアクシデントがあって、
レースにならなかったようですから、普通に走っていたら、
最下位は入れ替わっていたかもしれませんね。

私はこの結果を笑うつもりはありません。
でも、少々腹立たしいというかなんというか・・・
この馬、韓国国内でも40戦7勝で3着をほとんど外さない
堅実派。
"トップクラス"ではあるそうですが、それは決して"トップ"では
ないという事。
チラッと見れば、国内のGⅢですら勝っていない。
なぜ、韓国側はトップを送り出さなかったのか。

今を遡る事、50年、日本は同じく一頭の馬をアメリカに
送り出しました。
ハクチカラ。
32戦20勝、勝ち鞍の中に東京優駿、天皇賞、有馬記念の
ある、当時の日本最強馬といっていい存在だったでしょう。
掲示板だって1回しか外しちゃいません。
鞍上には当時の第一人者、保田隆芳騎手。
このハクチカラをもって、日本競馬ここにありと、乗り込んで
いった訳ですが、初戦の一般競争で最下位、続くレースでも
最下位と、まったく良いところなし。
その後3戦も何頭かに先着するものの、日本国内での
強さとは似ても似つかなかったことでしょう。
保田騎手もここで帰国の途につき、鞍上は現地の騎手に
乗り代わり。
ここから今回の韓国と違ったところ。
ハクチカラは日本へと帰らず、ここから1年弱、レースを
続けます。
翌年の2月には49.5Kgの軽ハンデを生かし、ワシントン
バースデイHという重賞を制覇。
もちろん、これは日本馬の海外重賞髪制覇であり、当時
賞金世界一を記録していたラウンドテーブルをも破っています。
(ラウンドテーブルが故障で最下位だったせいもありますが)
保田騎手にしても、無為にこの騎乗を過ごしたのではなく、
日本へとモンキースタイルという騎乗法を持ち帰り、それを
広めたという功績を残しています。
このハクチカラの後もスピードシンボリ、タケシバオー、
シンボリルドルフら、超一流馬がその壁を乗り越えようと、
次々と海外に飛び立ち、失意を持ち帰ってきました。
国内では次々と海外の血を入れ、調教技術にも工夫を重ね、
それが実を結んだのは1990年代に入ってからです。
まずは地元のジャパンカップで毎年のように勝てるようになり、
今では海外のレースもコンスタントに勝てるようになって
きました。
それこそ、トップでなくても、勝てそうなレースを勝てそうな
馬で。

しかし、今回の韓国産馬の遠征はこういった必死さが
足りなかった気がします。
トップが大敗するのが恐ろしかったのか、馬主がうんと
言わなかったのか。
いずれにせよ、中途半端な物見にもならぬ遠征だった気が
してなりません。
国際化を目指す、韓国競馬界。
50年後には世界の一流国となっているのでしょうか。
あ、日本もまだ一流とは言い切れませんけどねw

追記-
賞金的には恵まれず、中央競馬の二軍的にもとられている
地方競馬からも国際G1馬が出るのですから、隔世の感は
あります。

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